半月前には30度を超える日が続いていたのに朝晩がめっきり寒くなりました。
トリニティ・コンサルタンツの多田です。
保険代理店は、地元に根付いた仕事です。岡山県(岡山市を含む)を知ることも仕事の一環です。
今回は、その始めとして過去の岡山を紹介します。
岡山といえば 後楽園(そこから見える岡山城)は。時代を超えて自慢の風景です。
①岡山城
岡山市にある旧岡山藩の城。天正元年(1573)から宇喜多直家・秀家の2代にわたり築城。慶長8年(1603)以後は池田氏の居城となる。
天守閣が黒色なので烏城(うじょう)とよばれた。月見櫓(やぐら)と西手櫓が現存。金烏城。
②後楽園
岡山後楽園は、今から約300年前に岡山藩2代藩主池田綱政[いけだつなまさ]が藩主のやすらぎの場として作らせた庭園です。
綱政の時代には、藩主の居間延養亭[えんようてい]や園内に点在する建物の座敷から眺望を楽しむという要素の強い庭でした。
また、江戸時代の後楽園には、許しがあれば領民も入ることができました。能を好んだ綱政は自ら舞う姿を見せたり、継政以後の藩主たちは、
参勤交代で岡山を留守にする間は日を決めて庭を見せています。また、藩主のお客をもてなす場としても使われました。
大正11年に名勝に指定され、昭和27年には文化財保護法による特別名勝に指定されました。
江戸時代のおもかげを伝える庭園として多くの方に愛され、金沢の兼六園、水戸の偕楽園とあわせて「日本三公園」と称され、今では日本三名園として親しまれています。
③吉備津神社
吉備津神社は岡山県岡山市にあり、大吉備津彦大神を主祭神とする山陽道屈指の大社です。
大吉備津彦大神は、記紀によれば、崇神朝四道将軍の随一として、この地方の賊徒を平定して平和と秩序を築き、今日の吉備文化の基礎を造られたとされています。
古来より、吉備国開拓の大祖神として尊崇され、吾国唯一の様式にして日本建築の傑作「吉備津造り(比翼入母屋造)」の勇壮な社殿、釜の鳴る音で吉凶を占う鳴釜の神事、また桃太郎伝説のモデルなどで知られています。
と言うことで私も受験してみようかと思っています。
でも、真の思いは過去の岡山ではなく、住みやすい街 岡山に変わることだと考えています。
下の写真は週刊現代に掲載してあった都市ランキングです。(予想以上に高い評価で驚きです)
でも、残念ながら2016年度都道府県幸福度ランキングでは32位です。
次回のブログから、岡山県の作成した統計数値から課題を発信していければと思います。
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